鬱経験者が語るうつ病に至った原因・完治に繋がる考え方・過ごし方などについて

ゆりっくまは鬱を3回経験しています。一回目の鬱の波に襲われたのはいまから10年前の20歳の時に、2年間ほどうつに苦しみました。精神科のお世話になり服薬もしておりました。2回目は25歳の時、この時は1年半。この時にも精神科へ通院し、服薬。睡眠障害も患っていて不眠状態になりました。そこから回復して、3回目は30歳の育児真っ只中です。つい最近です。どのように改善していったのか詳しくご紹介します。

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一回目の鬱

20歳のときに鬱になったきっかけは、必然的な流れだと思います。小学生の健康診断で「自律神経失調症」の疑いがありましたが、親が精密な検査を受けなかったため体の不調が見逃されてしまいました。
小学生あたりから、夜眠れない、やる気がでないなどの症状があらわれていましたが「ただ単に怠け者」だと親は判断したようでしょっちゅう怒られていました。数学が苦手なのもあり、勉強についていけなくなりました。得意の美術を長所にして活かしていけばよかったのですが親の叱咤や、ダメなやつというレッテルが自分はダメな人間だ。と思い込んでしまっていました。基本的な自尊心が育たなかった結果、心にぽっかりと穴が空いてしまいました。

自尊心が育たなかった

勉強ができないので、「お前は何をやってもダメだから」と放置ぎみに育ちました。絵や習字が得意だったので、それで褒めてもらいたかったのですが、親は姉のほうに期待していたようでなかなか話も聞いてもらえず・・・・どんどん親に反発するようになりました。自分の意見は無価値だから。と思うようになりました。

ここでわかってもらえるように自尊心や自己肯定感が育たなかったんですね。セルフエスティームという言葉を聞いたことがありますか?「セルフエスティーム」とは「自分の人間としての価値に対する高い自己評価」を意味します。

セルフエスティームが健全に育っていなかったことにより、この先、つらい現実が私に待ち受けていたのです。

関連記事【嫌われる勇気を持つ。セルフエスティームを上げて自分の心のままに生きよう。自分が変われば生きやすくなる】

自分に自信が持てない

ふわふわと浮く浮き草のように、自分は価値のない人間だと自然に受け入れていくのが楽だと。そう思ってしまった思春期には親に反発して、いつも大喧嘩していました。何も持たず、大喧嘩して家出してしまい、変質者に追いかけられてあやうく襲われそうになった経験もありました。
親は心配していましたが、中学生の頃の進路相談もまともに聞いてくれず好きなようにしろ。と放置されました。どんどん心が枯れて、期待しないようになっていきました。無価値だからしょうがないよね。って諦めていったんです。

できる姉がうらやましかったけど、勉強ができない自分が悪いんだと、思い込んで慰めました。

高校生

なんとか入学したものの、担任もやる気がない生徒はかわいいわけがないのでここでも話を聞いてくれる人がいませんでした。不眠もひどくなっていきます。朝方まで寝れず、遅刻をして単位を落としそうになったりしました。ほとんど記憶がありません。自律神経失調症が悪化したようで、「概日リズム睡眠障害」を引き起こしていきます。もちろん、この時には睡眠障害が起きていることには気づかず、怠け者だから起きれれないんだと思い込んでいました。

概日リズム睡眠障害とは?
昼夜のサイクルと体内時計のリズムが合わないため、睡眠ののリズムがとれなくなります。自ら望む時間帯に睡眠をとることができず、活動に困難をきたすような睡眠障害をいいます。本当に起きられないのに「怠け者」だと思われて、親や友達からの信頼もなくなっていきました。

フリーターへ

進路相談は親があまり聞いてくれず、専門学校へ行きたいといえなかった私。姉の海外留学も決まり、お金が厳しかったようです。結局、学校に行きたいと言えず「フリーター」になってしまいました。高卒のフリーターなので、正社員なんて無理とはなから諦めてしまいました。

今の私から、昔の私に会えるとしたら話を聞いてあげたいな、って思います。自分の好きなイラストの仕事や、動物にかかわる仕事で働いてみたら?って言ってあげたい。どんどん生活が荒れていきました。友達がタバコを吸っていて、マネして私も吸い始めました。馬鹿ですね。もうこのころには親に合えば喧嘩しかありません。

どーせ自分なんて。自分なんてこの家に必要とされてないから。馬鹿だから、期待されてない。荒れた考えですが、こう思うと期待されていない自分につじつまが合うのでなんだか落ち着きました。本音で話せる人もいなかったし、寂しかったんだと思います。

ついに鬱へ

どんどん、自信なんてなくなりました。アルバイト先では、パワハラにあってしまい、殴られてしまって逃げるように辞めてしまいました。ついにひきこもりの誕生です。

ゲームと漫画、絵を描く日々。

友達とも疎遠になりました。独りぼっちでしたが、趣味の絵描き仲間ができました。とっても気のいい人たちです。自分のことを気にかけてくれたり、その人たちの夢に感化されていきました。みんな前向きに生きてるんだと思いました。

その時期に親と大喧嘩して流血するほどの大惨事になりました。「女の癖になにも家事しない!お前は何もやらない!何もできないくせに偉そうな口叩いて!」がきっかけで親につかみかかりました。

親は流血するほどの怪我をしていましたが、私もあざがいっぱいできました。顔も腫れました。そしてそれからなんにもしなくなりました。寝て、なにか食べて、寝て・・・・

繰り返し。出かけることもしない。お風呂にも入らない。ぼーっとパソコンの画面を見ているだけ。鬱が発症してしまったのです。

「お前は何もやらない!何もできないくせに偉そうな口叩いて!」がずっと頭の中で繰り返し、流れていました。夜はまったく眠れず、概日リズム障害も完全に悪化し昼夜逆転。部屋から一歩も出ず、友達とも会いませんでした。だるい、やる気がない、眠たいのに寝れない、食べ物がおいしくないどんどん痩せていきました。

「セルフエスティーム」という自分を成長させてくれる芽は、育つことなく枯れてしまった結果、鬱を発症してしまったのです。ダメなやつだから生きてる価値がないよね。自殺願望が出始めました。手首を切るマネをしてみたり、たくさんピアスを開けたり、喫煙するといった自傷行為が始まりました。昼夜逆転生活真っ只中。

死にたいな。

ただずっと思っていました。ただ、大好きなゲームや漫画の友達が、私を外に連れ出してくれてくれました。すごくいい出会いがあり、自分でも、なにかできそうなことがあるかもしれない・・・と漠然と思いました。

この生活を変えたい。病院へ

不眠症がひどくなって、どんどん頭がおかしくなりそうなのが怖くて自分で検索した精神科へ。精神科医は、ほとんど話を聞いてはくれませんでしたが薬はくれました。精神安定剤を飲んでいくと、手が震えだしはじめはつらかったのですが、精神的には安定するようになりました。

お母さん、私、鬱の病院へ通いだしたんだ。

そう伝えて、親は「そうなんだ。それは大変だね」と言っていました。親はどんな気持ちだったのか、自分が親になった今ならわかります。わが子がそうなったらどんな話でも聞いてやりたい。苦痛を取り除いてやりたい。もっと話を聞いてあげたい。って思います。

ただ、あまり干渉してこなかったし、病院代もつらかったので、自立支援制度を申請して、医療費を抑えてもらい通院しはじめました。ただ、不眠は治りませんでした。安定してきたので、薬を自己判断でやめてしまいました。すが2年は通っていたと思います。

25歳でまた鬱

それから安定してきたのがうれしくて、22歳のときに専門学校へ通いはじめました。みんなより年上で少し恥ずかしかったけど、また人生やり直したい気持ちで通学。とってもいい学校でした。先生が、私の話をはじめて聞いてくれました。

22年間生きてきて、はじめて人に話を聞いてもらえました。とってもとってもうれしくて、泣いてしまいました。学校の勉強も、とても頑張りました。就活も率先して、挑みました。

リーマンショックで内定取り消し
その当時、リーマンショックが起きてしまい、なんと内定が取り消しになってしまいました。
これからどうしよう・・・と思っていたときに紹介してくれた事務の仕事にありつけました。
産休に入る方の代わりに事務をやってほしいとのことで、ありがたく就職しました。が・・・

初日から、職場の方は私を無視しました。仕事も雑に教えられ、どうしてできないの?と冷たくいい放たれました。クスクス笑って、悪口が聞こえてきました。

事務の仕事には向いていなかったようで、早く辞めてほしかったんでしょうね・・・。全員から無視されてしまい、精神的につらくなり食事がとれなくなって自分から辞退しました。そこで、二回目の鬱が再発しました。がんばってるのにどうしてダメだったんだろう一生懸命やってもうまくいかない。

親には「もっと頑張れ、すぐやめるな」と言われ逃げ場がない。死にたい。なんでうまくいかないんだろう。たくさん泣きました。根気がないから?はじめから無視されるって私がおかしいのかな?病んでいきました。それから1年半ぐらい通院です。不眠も悪化しました。

立ち直るきっかけ

姉が地元に帰ってきて、ひきこもり2回目な妹をみて、求人雑誌を手渡してくれて「〇〇ならできそうじゃない?ダメ元でもやってみれば?だめなら辞めたらいいし!」って話かけてくれました。そこに応募して、パートタイマーで仕事をはじめました。そこがとてもいい人が多くて、2年間仕事が続けられました。体力も使うし、大変でしたが同年代の人たちに助けられて続けられたことがうれしかったのです。適切な仕事を継続して行うことで自信がつき、鬱を治してくれました。

3回目の鬱

育児がつらく、どんどんノイローゼになっていき、鬱気味になりました。過度のストレスに弱いことが災いしていますね。

関連記事【育児がつらいママへ。自分を責めないで!ストレスの原因と解消法】

ここで立ち直るきっかけは

①保育園に預けられて体を休めた
②自分の時間ができて仕事と内職、ブログに出会えた

からです。

三回経験したことでわかったこと

〇自分を責めない
責任感がつよくて、真面目、自分を責めてしまうタイプは鬱になりやすいです。でも鬱って風邪みたいなもんですよ!!誰もなります!!あなたが変なわけじゃないんです。安心してください。風邪だもん。

〇とにかく休む
自分は怠け者?そんなことないんです。ちょっと頑張りすぎちゃったんですよね。そんなときにはたくさん休んでください。休めて体を労わってあげましょう。風邪には寝ることが大切!
休むことが第一です。

〇概日リズム障害や不眠には
千葉の睡眠外来にて専門家に診ていただいたところ、「メラトニン」を飲み自然な眠気を引き起こしてあげるのが効果的です。夜中までブルーライトを浴びないのも大切です。今でも私はスマホは10時以降は避けております。

〇適切な仕事・暇にならない
たっぷり休んだらすこしづつ、作業をしましょう。絵を描いたり、お掃除したり。無理しない程度に。「暇」だと鬱的な考えがよぎってきます。暇は大敵です。私はパートのほかにも内職や、ブログ執筆で暇がないようにしています。
暇だと「なんで無価値な自分っていったいなんだろう」とか思い始めてきて危険なのでほどほどに頑張りすぎない程度にやるのが理想です。ここで一生懸命になりすぎてると疲れちゃうので休み休みやってくださいね。

〇「セルフエスティーム」をあげる
私ってがんばってる~えらい!ってわざと声に出して言っています。はたから見たら怪しい人なんですが、セルフエスティーム(自己肯定感)をあげる大切なオシゴト。がんばった~こんなにやった!って声にだすと自己肯定感があがります。

〇完璧を求めない
完璧を求めすぎると、できない自分が嫌になってしまいますよね。大丈夫!みんな完璧じゃないです。きっと完璧に見える人にも悩みってありますよね。完璧じゃなくてもいい!!!

〇好きなことでストレス発散
好きなことを仕事にしちゃいけない?もっと自分はがんばらなきゃいけない?そんなことはだれが決めたんだろう?好きってすごいエネルギーを持ってるんですよね。体の原動力。

好きなことを誇っていいんですよ。好きなことを突き詰めて仕事にしてもいい!自分に合った仕事なら、続けられますもんね。さまざまな事情があるので、一概に好きなこともできない世の中だけど、趣味は自由。もっと好きなことを好きになって、生きがいをみつけよう。夢中になることに没頭して、鬱から逃れよう。

〇糖質を控える
砂糖の摂り過ぎは記憶力の低下やうつ状態になりやすいことがわかっています。意識して砂糖を除去する生活を心がけています。

関連記事【甘いものが食べたくなる糖質(砂糖)中毒とは?体への影響は?有効な克服法4つ】

こんなやつでも生きてます

しくじり先生ばりに、失敗しまくっている私です。こんなやつでもなんとか生きてるんで、いま苦しんで悩んでいる方の力になれたらいいなあと思ってます。失敗は成功のもとっていいますもんね。明けない夜は無い。そう思って生きてきました。
それからも失敗するだろうけど、笑って生きていけたらいいな~と思っています。今悩んでいる方に、「こんなやつでも生きてるならなんとかなるか!」って思ってもらえたら嬉しいです。

関連記事【悩みに対する処方箋。前向きになる3つのステップとは?】


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